秋は来にけり
人こそ見えね秋は来にけり、山の麓で迎える秋、
3年前の今頃を思うに、
時に聞こえてくる下界の喧噪。私にできるのは、穏やかであれかし、幸多かれかしと、葉隠から願うことだけだ。
山籠りはまた、自分は世の中とつながれているのかという疑念も呼び起こす。だから、「立ち位置」を確認すべく、インプットに努めている。虚偽があふれる現代にいかに相対するべきかを(ハンナ・アーレントらを引きながら)示した重田園枝さんの本。「世界は、生まれ変われるか」を突きつける映画「怪物」……先日は、こまつ座の「闇に咲く花」を観劇した。人々のささやかな祈りと国家との関係とについて、改めて考えさせられた。舞台上にあまた並んだ「面」が私を見つめ、こう問いかけてきた、「で、君はどうするの?」…「立ち位置」なんてどんどん変わっていくものだが、その時点での暫定的な「立ち位置」を自認して言語化できるようにしておくことは、若い人たちの前に立つ者の責務ではないかと思っている。
高台で朝夕の涼風に吹かれながら、私は少しさびしげに微笑む。
秋は、来にけり。