最後の授業(2021年3月11日)

それが3月11日だったのは、やはり何かの因果なのだと思う。ここで働こうと思った契機は、他でもなく、東日本大震災だったから。

前日の授業で解いてもらった九州大学の過去問(田村隆一の詩について批評する文章)の解説。大学が出す「標準解答例」と、私の作った解答を見比べて、もっとベターな解答は作れないかとか、どれが部分点要素になるのかといったことを生徒と共に考えていく。いつも活発に発言する生徒は、例を交えながら自説を披瀝し、なんとか他の生徒を納得させようとしていた。あっという間に30分が過ぎる。

「さあ、残りは遊びましょう。」唐突にそう宣言して私は黒板に「A」「K」「4」「7」と大きく書く。有名なロジックパズル「ウェイソン選択課題」だ。「それぞれのカードの片面にはアルファベットが、もう片面には数字が書かれている。この4枚のカードについて、『片面が母音ならば、裏は偶数である』というルールが成立していることを確かめるには、どのカードを調べなければならないか?小学6年生にわかるように説明しなさい」……困惑の表情を浮かべつつも、あちこちで相談し始める生徒たち。指名されて前に出た生徒は完解には至らなかった。すぐさま他の生徒の手が上がり、わかりやすい説明を施してくれた。「あーね」と声が上がる。

「入試改革の方向性を鑑みた時に、言葉を駆使してわかりやすく説明する力は一層大切になるだろうね。ただ、こんなことを言うのは国語教師としてはいけないんだろうけれども、言葉にならない世界というのも一方で大事にしたいんだ。」そう言ってプロジェクターを点け、高校時代の私がしたためた小品を投影する。ある事件のために悲しみを抱えた二人が、ろくに言葉も交わさずに一晩を明かす、その「横にたたずむ」という行為によって、ささやかな救いを得る話だ。「言葉にならないような、そんな世界も大事だってことを忘れないようにしながら、これからも国語教師を続けていこうと思います。今までありがとうございました。」

号令係の生徒が惜別の言葉を述べる。私は涙をこらえて、足早に教室を後にしたのだった。

さようなら、六本松。

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