あらしのよるに
鹿児島県指宿市に、80歳を超えたおばが1人で暮らしている。幼少期から大変かわいがってくれた、私の大恩人だ。
猛烈な勢力の台風が近づく夜、電話の向こうのおばは、日頃の闊達さからは程遠い、消え入りそうな声を発した。
怖いのだ。
指宿市は温泉地だ。私は近くのホテルに泊まってはと提案した。贅沢なのではと迷うおばを「命のため」と強引に説得する。
私はいくつかの(頑丈そうな)ホテルの連絡先を調べて、電話をかけて事情を話しなよ、そしたら迎えに来てくれるよと促した。
……しばらくして、おばから「すべて満室だった」との連絡。「ありがとうね」とおばは言った。
結局、私は何もできなかった。いつもの偽善者だ。
横にいた妻は、肩を落とす私にこう言った。「形は生まれなかったかもしれないけど、一緒に考えたってことが大事なんじゃないかな」
翌日、暴風警報が発令される直前に、おばからの電話があった。
「たあくん(私のニックネーム)の電話を切ってから、自分で考えて、消防にかけてみたの。そしたら、担当の人が良くしてくれて。今、避難所まで連れて行ってもらったところ。コロナも怖いけど、ここなら一応安心だから。ありがとうね。そっちも気をつけて」
年老いても変わらぬおばの行動力よ。昨日の夜はあんなに弱っていたのに。
私は自問する。おばが一つの決断に至るプロセスに、しかし私は介在したのか?わからない……きっと、そんなことはどうだっていいのだ。
鹿児島はすでに暴風域に入った。風の音が次第に強くなってきた福岡で、私は、おばが送ってくれた梨に、かぶりついている。